「夭折」、この言葉にはなぜかくも真理の匂いがするのだろう。腐りはじめの果実のような、芳香とも悪臭ともとれるそんな匂いだ。
哲学者 ウンリ・シャルパンティエ
このコーナーはもっとうんと遊びたかった子たちを紹介するコーナーです。
・1人目のお友だち 酒井晃希(さかいこうき)くん(3さい)
2人目のお友だち 宮田翔太郎(みやたしょうたろう)くん(4さい)
3人目のお友だち 矢野莉子(やのりこ)ちゃん(6さい)
そのおじさんはおもむろに近寄ってくると、「すごく困ってるんだ。助けてくれないかな?」と、そう言った。かわいそうな人は助けてあげなくちゃいけないと思った。ただ、おじさんは本当は困ってなんかいなかったんだ。
4人目のお友だち 村本周平(むらもとしゅうへい)くん(10さい)
お母さんはいつも怒っていた。ぼくが言うことを聞いても聞かなくても怒っていた。ぶたれるのは痛かったけど、きっとうちにはお父さんがいなくて大変で、それで疲れてるからなんだろうって思っていつも我慢していた。
その日、お母さんは仕事から帰ってくると、いつもより優しい声で、
「シュウ、おいしいもの食べに行こう。あと、一番大事な物をひとつ持っておいで。」
と言った。ぼくはごちそうが食べられることより、お母さんが優しいのが嬉しくて、急いで準備をした。なんで持っていくのかはわからなかったけど、一番大事な物は、もちろんお母さんが作ってくれた上履き入れだ。
お母さんは、近くのファミレスでぼくの大好きなハンバーグを食べさせてくれた。自分は何も食べないで、ただぼくの顔を見つめて微笑んでいた。これは、後から知った言葉だけど、ああいうのを「憑きものが落ちたような晴れやかな顔」って言うんだと思う。
ファミレスを出ると、
「シュウ、ちょっとお散歩してこうか?」
お母さんは前を見たままぼくの手を強く握って言った。ぼくに尋ねてるんじゃなくて、自分に強く言い聞かせるような、そんな口調だった。
二人で歩きながら、お母さんは思い出したように、ぼくが先生に褒められた時の話をしてきた。
「シュウはいつも算数と国語のテストが100点ですごいって先生ゆってたね。」とか、
「あと、掃除の時間は別人みたいに動きがキビキビしてるってゆってたけど、それはいつも家でやってもらってるからだね。」とか。
ぼくは嬉しくてたまらなくて、歩いてる間ずっとケラケラ笑っていた。いつもは怒られる縁石歩きをしても何もゆわれなかった。あんなに笑ったのは初めてだった。
しばらく歩くと、ぼくたちは欄干が黄緑色に塗られた橋の上にきた。揺れる川面には信号や建物の灯りが緩やかに伸びていて、とても綺麗だった。
「川の上は涼しいね、シュウ…。シュウ、シュウ、シュウ。」
お母さんは何度もぼくの名前を呼ぶと、ぼくの背の高さまでかがんでぼくのお腹にすがりつくように顔を押しつけてきた。お腹のあたりに湿った感じがしてきて、お母さんが泣いてるのがわかった。お母さんが時々泣いてるのは知ってたけど、目の前で泣いてるのは初めてだ。むかししてもらったことがあるのを思い出して、ぼくはお母さんの頭を優しくポンポンと撫ぜた。お母さんの頭が小刻みに揺れて嗚咽を噛みしめてるのが伝わってくる。
しばらくそのままの体勢でいると、お母さんは落ち着いたのか、ぼくのお腹から離れ立ち上がった。そして、今度はぼくの顔を自分のお腹に押し付けるようにして、ぼくの体をぎゅっと抱きしめた。
それから、
「シュウ、こんなお母さんでごめんね。一緒に行こう。」
とつぶやいた。
ぼくはお腹で口がふさがってしゃべれなかったから、心の中で「うん、いいよ。一緒に行こう。」と言った。
それから、体が宙に浮いた感覚がしてすぐに一瞬だけ冷たい感じがしたけど、お母さんがぎゅってしていてくれたから、ずっとあったかかった。
お母さん、ごめんね、ぼくはまたお母さんの子になりたいよ。