【 10号記念特別寄稿】『ウンハトオヴを追つて…』(全3回) 文:ふんすけふんふん斎
(ふんすけふんふん斎先生によるエッセイ 『ウンハトオヴを追つて…』全3回完全版はコチラ)
2.獣たちは故郷をめざす
先日、我が家の飼い猫が窓から外を眺めていた。普段、尻に糞なぞ付けて、気の狂つたやうに駆け回つている奴が、その日は物憂げに、それでいてどこか意志を秘めたやうな顔つきでもつて座つて居たのであつた。そんなものは猫にはよくある事だと言われるかも知れぬが、その時の私は、獣にしか感ぜられぬ何かがあるのだと思わずには居れなかつた。
数日後、先の猫の事なぞとんと忘れたまま、釦(ボタン)を押す仕事に出ていた。(世間の人には信ぜられぬかも知れぬが、世の中には釦を押す仕事という物があるのだ。)その日の仕事の仔細は割愛するが、珍しく疲労困憊して自宅に帰つて来た私は、一息ついて後、窓の外の宵闇を見つめ、「帰りたい」と呟いたのだつた。それはあたかも私ではない誰か一いや、私に潜む誰か、と言つた方が適切であらう一が出した声のやうであつた。その時、二ツの疑問が頭を駆け巡つた。一ツは、「ここが帰るべき場所であるはずなのに一体何処に帰りたいというのだらうか。」そして二ツ目は、「ここ以外に帰る場所があるのだとすれば、そこはどんな場所なのだらうか。」
未だにその答えは見つかつていない。それどころかその端緒にすら触れられぬままこの拙文をしたためている。しかし、暗闇を見つめ「帰りたい」と呟いた己自身と、あの日窓辺で神妙な眼差しをしていた猫の姿がやけに重なつて見えて仕方ないのだ。我が家の猫も、帰るべき場所なぞ知らぬままにそれでも「帰りたい」と声にならぬ声で呟いていたのやもしれぬ。
次回、「ウンハトオヴを追つて…」に続く。